慣れない事をしたばかりに

 私がサラリーマンをしていた時の得意先のお客様の話であるが、非常
に懇意にしていただき、そちらの社長とは仕事以外でもいろいろな付き
合いをさせていただいていた。会社といっても、小さなデザイン事務所
で従業員も数名の規模であった。元々はデザイン業を中心に生業として
いたのだが、規模を拡張しようという意思があったのか、それとも取引
き相手の口車に乗ってしまったのかはわからないが、そこでデザインし
たものを直接的に商品として製造してもらい、販売をするのだという事
を聞かされた。私は不安に思う事があった。その社長の経歴としては学
校卒業以来デザイナーの仕事だけでここまできており、営業経験は全く
ない人である。試作段階での商品を見せてもらった時に私は、どういっ
た需要を想定し、どこにターゲットをおき、販売戦略はどうするのか?
といったマーケティングの部分について話を聞いたのだが、的を射た答
えが返ってこなかったのだ。デザイン性のインパクトだけで十分に商品
が売れると思い込んでいたのだ。結果、商品はほとんど売れることなく
残ったのは多額の負債と、売れ残った在庫の山であった。私はその会社
に訪問する度に後悔と愚痴を聞かされた。自身の車を売却したり、更な
る借金までしても給料は払っていたらしいのだが、従業員はみな去り、
その後、ついに自己破産という、行き着くところまで行ってしまったと
自己破産の恐ろしさを話してくれた。借金の総額は4000万円にま
で登っていたという。債務整理を専門家に相談し協議した結果、最終手
段である自己破産という選択になったらしい。裁判所に出頭し、面接や
質問で資産状況や負債状況など全てが丸裸にされ、破産手続きを進行さ
せるために予納金という費用を準備しなくてはならなかったこと。不動
産は競売になり売却となっても債務が残ってしまうであろうから、払い
続けなければならないことなど、あらためて自己破産の恐ろしさを
話してくれた。そして、私からマーケティングの事を聞かれた時に、気
づいていれば。と涙ながらに語った。あれから数年が経つが、長い付き
合いの取引先から助けられていると感謝しながら、独りで細々とデザイ
ンの仕事を続けている。